スローライフ民謡⑨ 本荘追分(秋田)

 「本荘追分」も、私にとって忘れられない「うた」です。

 ハァー本荘 ハァー名物 ハァー焼山の ハァー蕨ヨー 焼けば焼くほど ハァー太くなる
 ハァー本荘 ハァー名物 ハァー焼山の ハァー蕨ヨー 首をかたげて ハァー思案する
 ハァーあちら ハァーこちらに ハァー野火つく頃はヨー 梅も桜も ハァーともに咲く
 ハァー出羽の ハァー富士見て ハァー流るる ハァー筏ヨー 着けば本荘の ハァー上がり酒
 ハァー江戸で ハァー関とる ハァー本荘の ハァー米はヨー おらが本荘の(在所の、田んぼの) ハァー田で育つ

 いまから6年前、「どんとこい民謡」(NHK)を「江差追分」の本場・北海道江差町で収録したときに、この「うた」を私が選び、歌いました。そのときは、激しく吹雪く真冬でした。「この厳しい海を、人々ともに越えて、この『うた』がやってきたのだなぁ」と考えながら「本荘追分」を歌いました。だからというわけではないのでしょうが、ついつい力が入りすぎて、歌い出しで声がひっくり返ってしまったのですが...

 「本荘追分」も「江差追分」も、「追分」という言葉がタイトルの一部になっています。「追分」というのは、元々「道が分かれる場所」という意味。東京にも新宿追分のような地名が残っています。
 これらの「うた」にある「追分」は、中山道と北国街道が分かれる信濃追分。そこで働く女性たちが歌い始めた「うた」が、旅人や商人たちに歌い継がれ、やがて海を渡り、たくさんの方々の思いを重ねて少しずつ変化しながら伝わったということです。だから、先祖は一緒だという説が有力なんだそうです。
 
 いまのように全国津々浦々まで、テレビやインターネットで一瞬にして同じ「うた」が伝わる時代ではありません。おなじ「うた」でも、歌う人、聞く人みんなが、それぞれの思いで歌い、聴いていた時代です。それほどまでに人から人へとスローに伝わったからこそ、いろんな要素が加わって、歌詞やメロディーはどんどん変わっていったと思います。
 だからこそ、いまでもたくさんの人の心に刻まれ、歌われているような気もします。

  
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スローライフ民謡⑧ ソーラン節(北海道)

 「ソーラン節」は最も有名な「うた」の1つ。
 最近では、6月に札幌で開かれるYOSAKOIソーランでも、必ずその一節が入れられています。
 
 ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン (ハイハイ)
 にしん来たかと 鴎に問えば 
 わたしゃ立つ鳥 波に聞け チョイ
 ヤサ エーエンヤーサーノ ドッコイショ 
(ハードッコイショドッコイショ)
 

 とてもよく知られた「うた」なので、この歌詞とメロディーを聴くと、思わず歌いだす方もいらっしゃるのではないでしょうか?
 日本全国の民謡が収録されている「日本民謡大観」には、「鰊漁唄」の1つとして「沖揚げ音頭=ソーラン節」が紹介されています。北海道の日本海沿岸では、ほぼ同じものが各地で歌われていたということです。
 このCDには、当時の漁師さんのソウルフルな歌声が収められています。
 他にも、「鰊漁唄」だけで「舟漕音頭」「網起し」「子叩き音頭=いやさか音頭」など、この地域では漁のさまざまな場面で「うた」が歌われてきました。

 北海道には、いまでも各地に「鰊御殿」と呼ばれる当時の屋敷があります。昔は何十人、何百人というヤン衆と呼ばれる男たちが一緒に暮らしていたそうです。
 そのうちの1つ、小樽市祝津にある「小樽市鰊御殿」は、明治30年代に泊村で建てられたものを移築した、豪壮な建物です。多くの男たちがここに全国から集まり、一攫千金の夢を鰊漁に賭けていました。
 二階に上がると、天井裏に「隠し部屋」があります。さまざまな理由で身を隠さなければならない方などが、そこにいたそうです。

 でも、どんな境遇にあっても、海に出ればみんな同じです。その当時、舟の動力はもちろん人力。力を合わせて一斉に櫓を漕ぎます。
 だから、これらの「うた」は全て「コール&レスポンス」。
 船頭さんが「ヤーレン ソーラン ソーラン」と声を上げると、漕ぎ手が声を合わせて「ハイハイ」と応えます。 「ソーラン節」は、運命共同体となった男たちの心と心をつないでいた“いのちの絆”の「うた」なんです。
 この「うた」が、荒れる海で働く人たちの不安な気持ちを打ち消して、勇気を与えていたのだと考えると、思わず私も歌うときに力が入ります。


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

心に描く「島唄」の風景

 テレビを見ていたら、「島唄」の話題が続きました。
 「僕らの音楽」(CX系)では作者の宮沢和史さんが小泉今日子さんと対談の中で「島唄」への思いを話し、「Weekend Japanology」(NHK教育)では世界中でこの「うた」が流行していることが紹介されました。

 「島唄」を初めて聴いたとき、「沖縄風のポップスだなぁ」とは思いましたが、沖縄民謡のようには聞こえませんでした。後日、THE BOOMの宮沢和史さんという方が作者で、その方は山梨県出身だと知り、納得しました。
 あの「うた」は、きっと、沖縄の外にいる方だからこそ、作ることが出来たのだと思います。沖縄に対する憧れ、島人(しまんちゅ)たちの優しさ、悲しい歴史を知ったときの心の痛み...
 「島唄」を聴くと、現実でありながら日常から離れたような南の島の風景が、思い浮かんできます。

 「島唄」が発売された当初、沖縄では「あれは沖縄の音楽ではない」と言われていたそうですが、私も同感です。
 「島唄」は、沖縄を模写したのではなく、心の中でイメージした「うた」。だからこそ、世界中の人たちは、それぞれの心の中で「島唄」の風景を思い浮かべているのでしょう。もし、1億人が「島唄」を歌っているとしたら、1億の違う風景が心に描かれていると思います。
 ロシア人の心にある「島唄」の風景、アルゼンチン人の心にある「島唄」の風景...
 世界中の方々は、どんな「島唄」の風景をイメージしているのか想像するだけで、とても興味深いです。

 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

スローライフ民謡⑦ 南部酒屋もと摺り唄(岩手)

 「みちのく」は、沖縄などと並ぶ「うた」の宝庫。
 有名な「うた」、心に響く「うた」、音楽的にもスゴい!と思えるような「うた」。
 まさに、改めて「うた」の魅力を発見する場所です。

 そんな東北地方の「うた」の中で、とても素敵な「うた」があります。「南部酒屋もと摺り唄」です。

 もと摺りは 楽そうに見えて 楽じゃない
 何仕事 仕事に楽がありゃしない

 この「うた」は、私が10歳のときに生まれて初めて立った大舞台「サンケイ民謡大賞・少年少女の部」で歌った「うた」なんです。もちろん、その時は「お酒」を口にしたこともなかったのですが、見事、優勝に輝きました!
 振り返ってみれば、私と「うた」、私と「お酒」が、この時出会っていたんですね。私にとっては運命的な「うた」です。

 南部地方の杜氏さんは、全国の酒蔵で腕のいい杜氏さんとして活躍されていたそうです。やりがいもあり、辛くもあった“職人仕事”を勤め上げる間、この「うた」を心の支えに、腕によりをかけて美味しいお酒を生み出すために働いていたのでしょう。
 そんな杜氏さんが歌い継いだ「うた」は、「もと摺り唄」だけではありません。
 桶などを洗うときに歌われた「洗い唄」。
 水を汲みだすときに歌われた「水釣り唄」。
 お米をとぐときに歌われた「米とぎ唄」。
 もろ味を搾るときに歌われた「舟かけ唄」。
 
 お酒が出来るまでの行程には全て「うた」があるんです。
 杜氏さんは、自分たちのためだけではなく、手塩にかけて子供のように育て、いつかは自分の手を離れていく「お酒」のために、愛情を込めて歌っていたのではないでしょうか?

 楽しいとき、嬉しいとき、辛いときなど、人生の至るところで出会う「お酒」。
 「うた」を通して「お酒」に込められた思いがわかると、味わいも、より深くなるような気がします。


  
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スローライフ民謡⑥ 新庄節(山形)

 「新庄節」というと、北海道日本ハムファイターズ・SHINJO選手のサービス精神溢れた発言を思い浮かべる方も多いですよね。
 でも、元々の「新庄節」は、山形県の最上川沿いにある新庄市の「うた」。どんな所以があるのか、新庄市商工観光課にお問い合わせしたところ、Sさんからお答え頂きました。

 さて、新庄節の起源には諸説あります。
 ①江戸時代の新庄藩主 戸沢政盛が領内開発の為に集めた作業員が、当時の流行歌の歌詞を替えた。
 ②最上川から離れた新庄まで荷物を運搬する「馬方」の歌が変化した。
 などです。ただ歓楽街であった万場町で歌われ、現在の形に定着したのは間違いないようです。
 ただ、歌として難しいということもあり、なかなか普及しませんでした。昨年まで20年間、市が大会を主催しておりました(今年からは地元民謡会が主催しております)が、参加者の半数以上が県外の方というように、名前ほど地元では普及していないのが現状です。

 Sさん、有難うございました。
 他の文献によりますと、元々は草刈りの際の馬子唄で、やがて、遊郭などでの「お座敷唄」になったという説もあるようです。「お座敷唄」といえば、まさにSHINJOさんにピッタリなのですが...

あの山高くて 新庄が見えぬ 新庄恋しや 山憎や 

 「お座敷唄」にしては、切ない歌詞だと思いませんか?メロディーもとっても哀愁を帯びています。
 実は「新庄節」には、もう1つの背景があるのです。
 昔、不作などが重なり、可愛い娘を手放さなければならない農家の方などが数多く出てきたそうです。そんな娘さんたちが故郷を離れる様子を歌ったのが、この「新庄節」ということです。
 やがて歌詞は、このように続きます。
 
花が咲いたと 都のたより こちら雪だと 返す文(ふみ) 

 この「うた」は、私にとって忘れられない「うた」の1つです。
 1997年3月に「のど自慢チャンピオン大会」(NHK)でグランド・チャンピオンを獲得した時に歌った「うた」なんです。そのときは、意味も背景も知らず、ただ力いっぱい歌っていました。
 
 “民謡”と呼ばれる「うた」は、ただ歌詞やメロディーを追うだけではなく、その歴史を知って、長い間、歌い継いで来られた多くの方々の思いを感じながら、心を込めて歌わなければいけないと私は考えています。
 琉球民謡の大家・大工哲弘さんが「民謡は『保存』するものではなく、『継承』するものだ」とおっしゃっていましたが、まさに同感です。
 
 「大好きな故郷に帰りたいけど帰れない。親兄弟に会いたいけど会えない」
 住み慣れた町を離れなければならなかった当時の女の子たちの張り裂けそうな思いを感じながら、これからも「新庄節」を歌っていきたいと思っています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スローライフ民謡⑤ 長持唄

 全国各地で歌われている「長持唄」。
 嫁入りの時には欠かせない「うた」です。
 私が好きなのは「秋田長持唄」です。

 蝶よ花よと 育てた娘
 今日は他人の 手に渡す

 さぁさなぁ お立ちだよ 
 お名残惜しや 今度来るときゃ 孫連れて

 「長持唄」は元々、大名が参勤交代などで長持ちをかつぎながら歌った祝福の「うた」。
 この「うた」が農村に伝わり、婚礼でお嫁さんのものを嫁ぎ先に運ぶ際に、実家を出発する時や旦那さんの家に到着した時などの儀礼として、ほぼ全国的に歌われてきたんだそうです。

 実は、私は歌ったことも、歌われたこともあるんです。

 歌った方は、鹿児島で催された、奄美大島出身のRIKKIさんの結婚披露宴に出席したとき。アカペラで「秋田長持唄」を歌わせて頂きました。出席されたみなさんから「ジーンと来た」と言われ、私もジーンと来ました。

 歌われた方は残念ながらお仕事で。10年位前に放送された「土曜特集」(NHK)のロケで、「木曽節」でもお馴染みの長野県・木曽の日義村のみなさんに地元に伝わる長持唄を歌って頂きました。
 家財道具をたくさん運ぶ長持ちの行列も再現して頂いたんですが、このスピードはとてもゆっくり。何故だかわかりますか?ヒントは娘を送り出すお父さんの気持ち。
 「娘が結婚するのは嬉しいんだけど、本当はとてもさびしい。だからせめて、新居に送り届けるまで少しでも長く娘といたい」
 お父さんの立場でも、娘の立場でも、ゆっくりゆっくり進む長持の行列の先頭を2人で歩いたら、ジーンと来ますよね。まさにスローライフにふさわしい、素敵な婚礼の「うた」です。
 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

スローライフ民謡④ 安里屋ゆんた(沖縄)

 「安里屋ゆんた」は、私のライフ・スタイルである「スローライフ」をまさに象徴するような、沖縄県・竹富島の民謡です。
 竹富島に赴任した役人さんが、島に住む絶世の美女「くやま」に恋して求婚するんですが(いまでも竹富島に行くと「くやま」の生家の後と、子孫の方がお住まいなんですよ!)、それを断られ、でも諦めきれずまた愛を告げて...という物語を歌っている「うた」で、その物語は途切れることなく延々と続いていきます。
 でも、その役人さんはいい男だったら「あぁ、なんて情熱的な!」となりますが、好きでも何でもない男だったら現代では単なるストーカーかセクハラかもしれませんね。そんな世知辛いことは別にして...

 人の心を捉える歌詞とメロディーです。
 坂本龍一さんはじめ、いろいろな方々がこの「うた」を取り上げています。

 サー君は野中の いばらの花か
 暮れて帰れば やれほに引き止める
 マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ

 この歌詞は「ヤマトーグチ」と言われる標準語の歌詞です。「ウチナーグチ」と言われる沖縄の言葉だと、こうなります。

 サー 安里屋(あさどや)ぬークヤーマにヨー
 あん美(ちゅ)らさ 生(ま)りばしヨー
 マタハーリヌ チンダラ カヌシャーマーヨー

 竹富島は、私が一番好きな沖縄の離島です。
 この「うた」を竹富島で牛車に乗りながら聞くと、本当にいい感じです。私も時々、三線(沖縄三味線)ではなく三味線で弾き語りをするのですが、あの牛車から見える島の風景を思い出しながら歌うととっても気持ちいい!
 ちなみに「ゆんた」とは沖縄の言葉で「うた」という意味。沖縄では、どんなジャンルでも全部「うた」なんです。この考え方にも共鳴しています。
 この「うた」にも踊りがあります。沖縄の踊りというとエイサーのようなダイナミックなものを思い浮かべますが、この踊りはのんびりと、のびやかに、まるで流れる風や波の音を体の中に取り入れるようなリズムで踊ります。
 いつか、泡盛を片手に、竹富島でのんびりと歌ってみたいです!!!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スローライフ民謡③ 木曽節(長野)

 「木曽節」は、この歌詞とメロディーを耳にすれば「あ、あの曲か!」と思われる方も多いでしょう。

 木曽のナァー なかのりさん
 木曽のおんたけ ナンチャラホーイ
 夏でも寒い ヨイヨイヨイ
 袷ナァー なかのりさん
 袷やりたや ナンチャラホーイ
 足袋そえて ヨイヨイヨイ
 ヨイヨイヨイのヨイヨイヨイ

 信州・木曽には何回も行ったことがあります。
 古き良き日本という感じで心が落ち着いてきます。私のお気に入りは奈良井宿。江戸時代の宿場町がいまも残されていて、まるでタイムスリップしたみたい。昔、旅籠だった建物の中で食べたお蕎麦もとっても美味しくて、さすが信州です。

 「木曽節」や、それに乗せて盆踊りで踊られている「木曽踊り」も歴史が古く、大河ドラマ「義経」(NHK)で小澤征悦さんが演じている木曽義仲が、鎧を着ながら武士にストレッチをさせるために踊ったという説もあるそうです。
 木曽義仲が兵を挙げた日義村の夏祭りには、鎧を着た武士の方々が登場します。実は、この方々は村役場のみなさん。日義村では、昔ながらの武士も混じりながら、木曽踊りを踊っているんです。
 盆踊りの季節には、木曽のあちこちでこの「うた」が聞こえてきて、地元の人々に混じって私のような観光客も輪になってゆったりと踊ります。
 私の故郷・徳島の「阿波よしこの」が人間の生きるビートにピッタリと合っているダンス・ミュージックなら、「木曽節」はまさにリラックスするための「スローダンス・ミュージック」です。

 この「うた」が私のレパートリーになったきっかけは、ギタリストの渡辺香津美さんのおかげです。
 2003年に東京・丸の内の「丸ビル」で渡辺香津美さんが主催した「MARUNOUCHI MUSIC EVOLUTION」(大蔵正之助さん、 レナード衛藤さん、新良幸人さんらもご出演されてました)に出演したとき、「木曽節が宮留未ちゃんに似合うよ!」の一声が香津美父上から発せられたんです。
 香津美さんのアレンジされた「木曽節」は、地中海の香りがするような(!)とってもおしゃれな響きです。それから「Weekend Japanology」(NHK)、「題名のない音楽会21」(テレビ朝日)など、 私が香津美さんとご一緒させて頂く時には欠かすことのできない、おしゃれな「うた」になったのでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スローライフ民謡② 江差追分(北海道)

 民謡の王様とも言われる、北海道の「江差追分」。
 北海道江差町は好きな町の1つで、何度も伺っています。いつか、しばらく住んで「江差追分」の心を知りたいなと思い続けているんです。

 民謡は心の「うた」。歌い継がれてきたたくさんの方々の心を深く感じられる「うた」です。諸説あるその歴史ですが、人々の口から口へと伝わっていく間にいろんな「うた」の影響を受けたんだろうな、などと考えると感動してしまいます。

かもめの鳴く音に ふと目をさまし あれがエゾ地の 山かいな

 言葉だけだとこれだけですが、歌い上げるとおよそ3分半。それに、この歌詞は「本唄」だけで、「江差追分」は「前唄」「本唄」「後唄」に分かれていて、さらに「本唄」だけでも7節に分かれています。
 最初の1節は「かもめの」なんだけですが、それだけでおよそ30秒。その間、1回も息をしてはいけない決まりが長い歴史の間に人から人へと受け継がれ、決められたんです。

 それに、江差追分の「基本譜」がとてもユニーク。一本の線がグルッと回ったり、波頭のようなところが幾つもあったり、まるで一本の線が波によって描かれたような感じです。
 その譜面には、音の高さや長さがかかれているのではなく、どのようにコブシなどを廻すかや、うた全体のノリのようなものが記されています。江差追分を練習するには、日本海の波を体感していから歌った方がいいのかもしれません。 
 江差から日本海を見ればわかるのですが、息をしたちょっとの間にも波にさらわれてしまいそうなほど厳しいときもあります。きっとこの「うた」には、そんな厳しい海と向き合ってきた江差のみなさんの心が込められているんだと私は思います。

 数年前の9月には、江差追分全国大会を見に行ってきました。
 日本全国だけでなく、世界各地から江差追分を歌う方々が北海道江差町に集まり、次々に江差追分の本唄を歌うんです。その歌声は町中のスピーカーで聞くことも出来て、江差のどこにいても「かもーめー」という歌声が聞こえてきます。
 上手い方には、自然に会場から拍手が沸きます。まさに町は江差追分一色!
 そして江差追分大会が終わると、束の間の夏が終わって、また厳しい冬がやってきます。だから、江差追分を聞くと、私は少しせつない思いになってしまいます。
 いつか、江差追分全国大会に、私も挑戦したいな.......。
 

 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

スローライフ民謡① 阿波よしこの(徳島)

 真っ先にご紹介したいのが、私の生まれ故郷・徳島を代表する「阿波よしこの」。毎年8月に私の故郷・徳島県徳島市で行われる「阿波踊り」のあの曲です。
 徳島生まれの私にとって、夏になると毎年聞こえてくる、まさにいつも心にある「うた」です。

 阿波踊りは江戸時代、歌詞にも出てくる徳島藩主蜂須賀家政公が徳島築城記念の宴で踊ったのが起源と言われ、そうだとすれば天正15年(1587年)生まれだそうです。いつの時代でも時代の最先端だったんです。徳島生まれとしては、お国自慢の気持ちです。

 阿波の殿様 蜂須賀公が 今に残せし 阿波踊り(盆踊り)
 あーら、エラヤッチャエラヤッチャ、よいよいよいよい...

 実はこの歌詞は、阿波踊りの時にはあまり歌われません。
 阿波踊りの時は、あのメロディーやリズムに乗って、ひたすら踊るんです!
 とはいえ、私にとってはまさに夏の風物詩の「うた」と踊り。このメロディーを聞いてビートを感じると、自然に体が踊り出します。
 一度でいいから、あの音とダンスの渦の中に身を置いてみてください!
 この時期は日本中で盆踊りが踊られ、沖縄ではエイサーが踊られ、徳島のお隣・高知で生まれた「よさこい」などは全国に広がったりもしています。日本って、実はダンス・ミュージック大国なんです。
 そして、「阿波よしこの」こそ、日本のダンス・ミュージックの元祖だと思う私なのです!


  

| | Comments (2) | TrackBack (0)

民謡=スローライフ

 ナマケモノ倶楽部(ナマクラ)に入会しました。
「『ナマケる』ことは、だらだらしたり、何もしないことではありません。ナマケモノ会員たちはむしろ毎日いそがしい。なぜって? それは、ナマケモノのように、できるだけ電気やガスなどのエネルギーを使わずに、地球にやさしい生き方を実践しよう、周りに広めちゃおう、省エネグッズも作っちゃおうと、行動することを楽しんでいるから」
 これを読んで「まさに私!」と思ったんです。

 それに民謡(民謡という響きが時代遅れだ!と思われ「食べず嫌い」になると困るので、Japanese Trad.Songと自分では言ってますが...)は、まさにエコライフの「うた」。ナマクラさんの趣旨に、ピッタリと合います。
 
① ナマケモノの棲む森を守る(環境運動)
↑民謡はエコロジー。だって、声さえ出せれば歌えるんですよ!
 例えば森で「木曽節」(長野)や「日向木挽唄」(宮崎)などを歌ったら、動物たちにだってその気持ちは伝わると思います。

② 環境共生型のライフスタイルの提案(文化運動)
↑民謡は環境との共生の「うた」。
 民謡の殆どは「仕事唄」。その頃の仕事は、海(例えば江差追分・北海道)、山(例えば会津磐梯山・福島)、川(例えば最上川舟歌・山形)、農業(例えば全国にある田植え唄)など、自然との共生を歌い上げています。自然に感謝して、自然を畏れて...そんな日本人の気持ちが込められています。

③ フェアトレードによる地域支援(エコビジネス)
↑民謡は、どんな地域で歌われようと差別も区別もありません。
 その場所に住んでいる人たちの気持ちが込められているから、どれも大切な「うた」なんです。

 何より、民謡は「スローライフ」です。
 歌詞にも、スローライフ的な言葉がたくさん出てきます。
 例えば「安里屋ゆんた」(沖縄)は、何十番まで延々とのんびりと歌われます。

 本当は民謡はその「うた」の故郷で聞くのが一番。その「うた」が歌われてきた風景や、空気、歴史、人々を感じながら聞くと、ジワッときます。
 でも、なかなか現地まで行けないですよね。そこで、明日から、このブログで「スローライフ民謡」を書こうと思っています!
 第一弾は、まずは5曲、ご紹介します。

| | Comments (0) | TrackBack (0)